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137/365; "Peter Pan" - Your Mother and Mine
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2012.05.16 Wednesday 23:29JUGEMテーマ:Disney
いつも子供の頃には、この"ピーターパン"が観たいとなにかにつけてはせがんでいたっけ。そのせいかな、あらゆる映画のなかでも格別な愛着があるよ。
いまでもふと観たくなるときはたまにと言わずにあって、そうなったときにはおあつらえ向きの立地に住んでいるというのに、それでもだめなんだ。この上なく気持ちが高まっている状態から一目散にイクスピアリの新星堂に駆け込むのに、あのDVDの薄さをひとたび視界に入れるだけで何処か興醒めしてしまう自分がいるんだよ。かつて観ていたものと内容が変わるわけではないのにね、あのβ規格のカセットには多分+αの夢が詰まっていたのだろうな。
ここに貼付したのは、お母さん代わりのウェンディがひとときの冒険を終えた子供たちに我が家へ帰ることを諭している場面だ。これはチェコ語版のもので、いままでに聞き馴染んだ日本の歌詞よりも本場である英米の解釈とも異なる稚拙ななかにも凛と清んだ歌声の素晴らしさに惹かれた。
どんな母親であっても、それになれるということは素晴らしい資質だ。でも、どの母親もすべてが完璧に繕える訳じゃない。もしかしたら、この後にウェンディに子供部屋を去らせるのは、そんな達観があってのことかも知れないよ。 -
136/365; 宝塚歌劇団宙組 ― "激情 ―ホセとカルメン―"
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2012.05.15 Tuesday 00:59JUGEMテーマ:ミュージカル
この世界中において、父なる神が与え賜う無償の愛に最も近しいとされるものこそが、あらゆる母と呼ばれる御仁が我が子に託すそれである。かつて古代ギリシア人がそう説いたように四つの愛が混在していると定義付けるのならば、そのなかでも際立って稀有なものであり、それゆえにますます貴ぶべき代物であると言える。
そうした無償の愛の名前をAgapeというけれど、それについてはかつての聖書の授業では、あらゆる可視的な事象に捕らわれずに包み込む無条件の愛だと教わっていた気がする。どれほどに困難なことだろう、私もいずれ母親になれば理解出来る日が来るのかな。
あらゆる母親たちにとっての最たる願いは、その子らの幸福だとはよく言われる。そうであるのだから、もし私が悩みのひとつでも抱えることになったとしても、その事実は伝えずにしまっておくつもりでいる。もっとも、いまのところその心配もない仮定にすらもならない話だけれど。
しかしながら、彼女たちにとっては、最愛の存在が隠し持つ秘め事こそが一番の不幸だとも聞く。こちらの思い遣りを察して、その表層的な幸福で目をつむることの出来ない何とも憐れな存在なのだ。すべての母親と呼ばれし者は。 -
135/365; A. Dvorak - Songs my mother taught me
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2012.05.14 Monday 01:33
今年の母の日は、実母には紫陽花の鉢植えを贈り、伯母には地元では人気の茶屋に連れて行ってもらってそこで昼食をご馳走した。どちらも何と言うことはないささやかな心遣いに過ぎないけれど、それでも歓んでくれるあの彼女たちの笑顔を見られて嬉しいな。
そして、今日は大変に遅ればせながら、お仕事帰りの主人を待って、その助言を得ては義母への贈り物を一緒に選んで来た。私たち夫婦は休日が合致するということがなく、私はお義母さんの嗜好を把握していないというのがその理由だ。
いま、その本日の最大と言える大事を終えて…"まったく男の子って当てにならないんだから!"とこぼしていない自分に、ちょっとだけ驚いてはいる。そういえば、まだ結婚する以前にも、お義母さんとお義兄さんに加えて彼の三人で京都を旅行したと話してくれていたっけ。
その頃には、彼と義兄の二人とも大学生だったから、何処か周囲には有り得ない話だと語りながらも誇らしげだった表情を思い出す。そんな彼女の立ち居振る舞いのすべては、とても可愛らしくて、その人を"お母さん"と呼べることが、私もまた誇らしいんだ。
彼の助言に従って、お義母さんの趣味であるmusic box蒐集に加勢が出来て、なおかつその特性に倣って脆くされども美しく、さらにはご自身の干支である兎を模したものを贈れたのだから、本日のところは万々歳だ。
お義母さんは、そのご近所中の人気者であり、私にとっては憧れて止まない存在でもある。たまの帰省だというのに、お義母さんと出掛ければ誰かしらのご紹介を受けるし、いつぞやなどは見ず知らずのご婦人と温泉で話し込んでいらした。いつお会いしても、いかなる場合にも笑顔だし、その華奢な体躯は素晴らしい。…ねえ、大丈夫なのかな。こんな完璧な人を見て来た彼は。私で。 -
134/365; 賛美歌510 ― まぼろしの影を追いて
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2012.05.13 Sunday 00:37JUGEMテーマ:Gospel

これまでにも掲載したい曲が動画サイト上で見付からないばかりに涙を呑んで諦めたことはたびたびあったし、そういう事態に遭遇することこそが頻繁にblogを更新する上での楽しみのひとつであり、そのほかの楽曲の魅力に改めて気付くいい機会だとも思っていた。いつもなら、この曲以外のものをやっぱり選び取っただろう。
でも、今回ばかりは、どうしてもそれが出来なかった。ほかの多くの人々にとってもそうであるに違いないように、私にとっての母の日の讃歌といえば、これをおいては有り得ないからだ。
だって、この曲ったら、日本においては明治期からずっと歌い継がれているんだ。それからいまに至るまでの間には様々なことがあり、いわゆるキリスト教信仰国と戦争さえしたのに、その人気はいまだに翳りすら見せないでいる。
私にとっては、かつて高校生の時分に母の日礼拝で歌った懐かしい思い出の曲だ。あの当時にはしっくり来なかった歌詞のことを顧みる機会に、その年を追うごとに恵まれる。
余談だけれど、彼自身の早逝した母親への執心を垣間見せる"成熟と喪失"の冒頭文として、この歌詞が引用されている。しかしながら、何処か一文がごっそりと抜け落ちていたはずで、いまだにそれは作為あるものだったのかと自問の日々は続く。
いくつになっても母親にとってはお腹を痛めて産んだ子は我が子であり、その子供の方もまた思慕は生涯にわたって消えないと聞く。まだ幼い頃には分からなかったその事実を理解しはじめている昨今を歓迎しながらも、いつになく侘しい気持ちで見つめている。 -
133/365; Sarah Brightman - Figlio Perduto
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2012.05.12 Saturday 22:26
これは謂わずと知れたL.v.Beethovenの交響曲を編曲したもので、その原曲を生み出した彼自身にとっても、あるいはこうして詩を乗せて歌い上げる彼女にとっても代表曲となった古典派音楽とMORの融合としては非常に稀有な成功例である。この歌詞の出典がその生涯においてベートーヴェンを我が師と仰いだF.P.Schubertの残した著名な歌曲である"魔王"と同じであることも、これを鑑賞する上での深い趣きだと言える。
この世界中にはありとあらゆる難曲がそれも数多にあり、ほかのDivaの持ち歌に限ってもそれは変わりがないだろうことは確かだ。もし技術的な面に関して言及するのであれば、これより難易度の高い曲なんていくらでもある。でも、これほどまでに的確な解釈で寸分の狂いもなく歌いこなすことが出来るのは、そして、それに説得力を持たせられるのは、彼女をおいてほかにはいないのだ。
ちょっと掟破りだけれど、この原曲である交響曲第7番のことについても話しておきたいよ。最近では、あのアカデミー賞連覇で話題を攫った"英国王のスピーチ"の佳境の場面で使用されたから、ご存知の方も多いはずだ。この上ない苦労を賭した試行錯誤の末に、ようやく自国民に対して来るべき枢軸国との戦闘についての心構えを語り掛けるジョージ6世の演説を支えるように流れたのは、あらゆる冒険の果てに正統の手法に回帰したドイツの至宝たる大作曲家の作品だった。あれも秀逸だったけれど、その娯楽性を追求した"ノウイング"版も悪くない。
私にとっては、この曲のリリース―というよりも、さらに狭義に述べれば、最後の一音―に関しては、たっぷりと余韻を携えて徐々に絞られて行くことこそが正義ないしは美学だと思っていた。しかし、その傾向もここ数年で変わって来てはいる。それは例えば、具体的に言うなら、AnsermetやKarl BohmからMatacicやKarajanに鞍替えしたってことだ。 - ←back 1/28 pages next→